相続?なにそれ、おいしいの? 10.佐兵衛の驚愕遺言・・・その参(法定相続なら?)
|ω・) ソーッ 皆さん、ご機嫌よろしゅうに。
「相続?なにそれ、おいしいの?」シリーズ10/52です。
今日は佐兵衛の遺言の第三弾となります。長文が続きますが、よろしくお付き合いください。
横溝正史『犬神家の一族』KADOKAWAより
・・・氷のような冷え切ったその静けさのなかに、なにやらえたいの知れぬ邪気と妖気のみなぎりわたるのを感じて、金田一耕助は、背筋の寒くなるのを覚えずにはいられなかった。古舘弁護士は、ひと息いれたのち、また遺言状を読み始める。
「ひとつ。・・・・・・野々宮珠世が斧琴菊の相続権を失うか、あるいはこの遺言状の公表以前、もしくは公表されてより三か月以内に死亡せる場合において、佐清、佐武、佐智の三人のうちに不幸ある場合はつぎのごとくなす。その一。佐清の死亡せる場合。犬神家の全事業は協同者としての佐武、佐智に譲らる。佐武、佐智は同等の権力をもち、一致協力して犬神家の事業を守り育てざるべからず。ただし、佐清の受くべき遺産の分与額は、青沼静馬にいくものとする。その二、佐武、佐智のうち一人死亡せる場合。その分与額同じく青沼にいくものとす。以下、すべてそれに準じ、三人のうち何人が死亡せる場合においても、その分与額は必ず青沼静馬にいくものとなし、それらの額のすべては、静馬の生存如何により前項のごとく処理す。しかして佐清、佐武、佐智の三人とも死亡せる場合に於ては、犬神家の全事業、全財産はすべて青沼静馬の享受することとなり、斧(よき)、琴、菊の三種の家宝は、かれにおくられるものとなす」・・・「犬神家の一族 金田一耕助ファイル 5」 横溝 正史[角川文庫] - KADOKAWA
またもや、さらに細かく、ややこしい条件が付けられてきました。簡単に整理してみたいと思います。まずは、珠世が相続から脱落したのを前提に、さらに三人の孫について、彼らが死亡した場面を想定し・・・
1 佐清死亡の場合、事業は残った二人の孫、佐武・佐智の共同経営とする(このパターンって、よく内紛が起こって事業破綻を招くケースが多いですね) しかし、財産における佐清の取り分は青沼静馬に転がり込む。
2 佐武、佐智いずれかが死亡した場合も、その者の取り分は静馬に転がり込む。
3 三人とも死亡すれば、事業も財産もすべて静馬に転がり込む。
珠世の場合、生き残って三人の孫のうち誰かと結婚、という条件をクリアで財産ゲット。静馬の場合は、生き残って、かつ珠世が死ぬか孫三人との結婚を拒めば、最低限40%(五分の二)を確保。そして、三人の孫が一人消えるごとに、さらにウハウハという仕掛けです。
いずれにしても第一の鍵は珠世が握っているということですね。
珠世が死亡するか、結婚相手を三人のうちから選ぶか、三人すべてを振ってしまうか、何かのアクションがないことには、何も始まりません。さて、ここで気付いた方はいませんか?
そう、この遺言・・・佐兵衛の子(松子・竹子・梅子の三姉妹)について全く触れられていません。さらに、松子の夫は死亡していますが、竹子・梅子の夫は存命で、作中で「養子」と表現されています。でも、文脈をうかがうに、これはおそらく俗に言う「婿どの」であって、単に結婚して、犬神姓に改めただけと見た方がいいと思います。佐兵衛との養子縁組はしていないと思われます。万が一養子縁組されていれば、彼らにも相続権が発生しますが、『犬神家の一族』ではその可能性は低いと思います。
と言うことは・・・。法定相続(遺言で特別な意思表示がされていない相続)でいきますと、佐兵衛には配偶者は居ませんので、婚外子とは言え、松竹梅の三姉妹が法定相続人となります。この場合、現行制度でいきますと、事業と財産を合わせたすべての遺産を三等分(1/3)ということになります。
そして、例えば、相続開始の前(つまり佐兵衛の死亡より先に)に、松子に万が一のことがあれば、子の佐清が松子の立場で相続します。これを代襲相続(民法901条)といいます。
ちなみに、万が一佐兵衛に配偶者が居て、存命で有った場合。例えば青沼菊乃を正妻に迎えていた場合、菊乃が1/2。残りの1/2を子・三姉妹で分け合う(つまり1/6ずつ)ことになります。
さらに戦争に出た菊乃の子・静馬まで存命であるとすれば・・・菊乃の取り分を引いた残りの1/2を子4人(静馬・松子・竹子・梅子)で分け合う(つまり1/8ずつ)ということになりますから・・・
青沼:菊乃の分1/2+静馬の分1/8
犬神:松子・竹子・梅子:1/8ずつ
これだけでも随分な利害関係と言えます。なるほど・・・。古舘さんが「非常識な遺言」などと、金田一にこぼしたのもわかります。これでは松子・竹子・梅子はたまったものではありません。法定相続人でありながら、華麗にスルーされちゃってます。
これほどまでに、法定相続をスルーというか、ほぼ無視。なるほど、見れば見るほどまっとうな遺言書には見えません。こんな遺言有りなんでしょうか? 基本的には、遺言の自由、個人の財産処分の自由は守られる建前になっていますので、その点から言えばOKのような気もするのですが・・・。
ほなまた!失礼!
|彡. サッ!!