『老子』を読み返してみた・・・3.愚民主義?

|ω・) ソーッ・・・ 皆さん、ご機嫌よろしゅうに。


今日は『老子』を一部読み解いてみましょう。




『老子』第3章より


不上賢、使民不争。不貴難得之貨、使民不為盗。不見可欲、使民不乱。


賢を上(たっと)ばざれば、民をして争わざらしむ。得難きの貨を貴ばざれば、民をして盗を為さざらしむ。欲すべきを見(しめ)さざれば、民をして乱れざらしむ。


訳「賢者を重視しなければ、民は功名を競わなくなる。高価な財貨を珍重しなければ、盗みをはたらかなくなる。欲望を刺激しなければ、乱を起こすこともない」




 ・・・・・・ちょっと今回は随分と上から目線に見えなくもないですが、もともと『論語』だとかこう言ったものは、為政者の心得みたいなものをメインに説いているので、ここかしこに上から目線的な文言が見られます。これが嫌い=漢文嫌い、となる人も多いようです。


 苛烈な競争もない。有ったとしてもゆる~い競争。だから無理に飛び出さなくてもいい。普通に暮らせるだけの財があれば十分。みんながそう思っていれば、泥棒もいなくなる。欲望がなければ反乱も起こらない。そういう理屈。
 ここをもって「愚民政策」と捉える人も多いようです。そう見える部分は確かに多いのですが、実はそうではなく「種々の欲望から魂が解放された、ゆるい生活」これなんじゃないかと。
 心穏やかな生活ですね・・・。欲望と、そこから派生する競争心、それがない世界。でも資本主義は、人の欲望と競争心を利用して発展してきました。それに対するアンチテーゼとして共産主義が提唱されましたが、これもイマイチ。欲望と競争心を抑え込むものでは有りませんでした。



こういう世界は、未来永劫訪れないものなのかも知れません。これがまた、一部の人々を魅了するポイントなのかも知れません。




参考文献:守屋 洋著『新釈 老子』
PHP文庫1988年





ほなまた! 失礼!
|彡. サッ!!