相続?なにそれ、おいしいの? 9.佐兵衛の驚愕遺言・・・その弐(負担付遺贈と解除条件・停止条件)


|ω・) ソーッ 皆さん、ご機嫌よろしゅうに。




好評シリーズ「相続?なにそれ、おいしいの?」シリーズ9/52となります。


 前回の続きです。佐兵衛の呪いのような遺言はまだまだ続きます。
             前回はこちら


 では、参りましょう、異彩を放つ佐兵衛の遺言書のつづきです。






横溝正史『犬神家の一族』KADOKAWAより
・・・よくとおる声が、呪文のようにつづくのである。まるで地獄の底から、復讐の悪鬼でも呼び出すように。・・・・・・
「ひとつ。・・・・・・もし野々宮珠世にして、斧(よき)、琴、菊の相続権(厳密に言うと受贈権です)を失うか、あるいはまたこの遺言状が公表されてより、三か月以内に死亡せる場合には、犬神家の全事業は佐清によって相続され、佐武、佐智のふたりは、現在かれらの父(それぞれ犬神製糸の支店長の職についています)があるポストによって、佐清の事業経営を補佐するものとす。しかして、犬神家の全財産は犬神奉公会によって、公平に五等分され、その五分の一ずつを、佐清、佐武、佐智にあたえ、残りの五分の二を青沼菊乃の一子青沼静馬にあたえるものとす。ただし、その際分与をうけたるものは、各自の分与額の二十パーセントずつを、犬神奉公会に寄付せざるべからず
「犬神家の一族 金田一耕助ファイル 5」 横溝 正史[角川文庫] - KADOKAWA




 さて、ここで佐兵衛は条件付きで事業を佐清に任せます。また、財産については関係者で分与という感じに区別を付けてきました。その条件とは・・・
1 遺言公開後の三か月以内に珠世が死亡、または珠世が佐兵衛の三人の孫との結婚を拒んだ場合です。
 珠世が(広義の)相続から脱落してしまった場面が想定されると同時に、ここでいきなり青沼静馬の名が浮上してきました。しかも「青沼菊乃の一子静馬」という、なんとも微妙な言い回しです。婚外子として認知済みであれば「我が子、青沼静馬」という言い回しにしてもいいはずです。やはり、認知はされていないような気がします・・・。
 ちなみに、このように遺言で事業と財産を分けて相続させるというのは、現代の企業経営者もよく使うやり方です。事業を継がない者には、最低保障分(遺留分と言います。詳しい解説は後日にしたいと思います)相当の金銭だけを与えておいて、「あとは文句言うなよ!」という手法です。


 そして、「財産分与額の二十パーセントを、犬神奉公会に寄付せよ」このような遺言も可能です。これを負担付遺贈(民法1002条)と呼びます。
 身近な例で言いますと、遺産を与える見返りに「飼い主に先立たれた不幸なワンちゃんを終生世話してあげてね」という条件を付けるのも有りということです。託された方は、譲り受けた財産の枠内で、ワンちゃんの面倒をみてあげる義務を負います。
 この義務の履行を怠った場合、他の相続人は義務を履行するよう催促(用語で催告といいます)することができますし、それでもなお履行されない場合は、家庭裁判所に対して、遺言の負担付遺贈の部分について、取り消すように請求ができます。(民法1027条)



 それにしても、すっかり脇役扱いになってしまった佐武君と佐智君。お気の毒です。さらに、静馬ひとりに対して財産の取り分を40%もシェアさせるあたり、やはり並々ならぬこだわりを静馬に持っているようです。さて、佐兵衛の遺言はなおも続きます・・・




ふたたび横溝正史『犬神家の一族』KADOKAWAより
「ひとつ。・・・・・・犬神奉公会は、この遺言状が公表されてより、三か月以内に全力をあげて、青沼静馬の行方の捜索発見せざるべからず。しかして、その期間内にその消息がつかみえざる場合か、あるいはかれの死亡が確認された場合には、かれの受くべき全額を犬神奉公会に寄付するものとす。ただし、青沼静馬が、内地(国内)において発見されざる場合においても、かれが外地(外国)のいずれかにおいて、生存せる可能性ある場合には、この遺言状の公表されたる日より数えて向こう三か年は、その額を犬神奉公会において保管し、その期間内に静馬が帰還せる際は、かれの受くべき分をかれに与え、帰還せざる場合においては、それを犬神奉公会におさむることとす」「犬神家の一族 金田一耕助ファイル 5」 横溝 正史[角川文庫] - KADOKAWA



 ここでまた条件です。今度は静馬について・・・



1 犬神奉公会に三か月間の捜索を命ずる。これでダメなら没収(奉公会に寄付)
2 ただし、三か月が過ぎても、国外で生存の可能性があれば、帰るまで三年待つ。
3 静馬が国外で生存の可能性が有ったとしても、三年経っても帰ってこなければ遺贈を受けられず、犬神奉公会に没収。という感じです。


 ここまで見たところ、優先順位の第一位は野々宮珠世、二位は佐清(会社の経営を託せるほどの信頼感はある)、三位は青沼静馬。こんな感じでしょうか? 静馬に会社を任せるという、そんな選択肢もなかったわけではないけれど、佐清の生存は一応確認できています。さらに佐清は、幼少の頃から、経営について佐兵衛から薫陶を受けていたのでしょう。
 それに比べると、静馬はかなり長い期間行方不明です。したがって佐兵衛の経営手腕を見て覚えるチャンスもなかった訳ですから、「さすがに経営を任せるところまでは無理かな・・・」という、実業家としての佐兵衛の判断もあったのでしょう。



 ちなみに、三年経っても帰って来なければ受遺権を失う(効力を失う)・・・。このような条件を「解除条件」と呼びます。ついでに言うと、逆の意味の用語で「停止条件」というのもあります。「日本に帰って来たら与えるよ」という感じですね。
 本日はこの辺で・・・次回は佐兵衛の遺言最後の第三弾です。不吉かつ常軌を逸した佐兵衛の遺言はさらにヒートアップ。ますます不吉の度合いを強めていきます。なんという複雑怪奇! 無慈悲なることここに極まれりです。 



ほなまた! 失礼!
|彡. サッ!!