道徳の時間って有ります?・・・教育勅語を読んでみよう

|ω・) ソーッ・・・  皆さん、ご機嫌よろしゅうに。



 別に聖人君子でもなんでもありません。一介の庶民がする話ではないのでしょうが、そんな立場から見ても、日本人の民度って落ちてませんか? という話です。居るんですよねぇ・・・たぶん居るはずです。やたら目つきが悪くて、やたら睨んできます。睨み効かせてナンボとか、そういう価値観を持ってたりとか、威嚇的な言動しまくり。それから矜持のない言動。節操のない言動。そういう輩です。
 あ! 別に超右側の人でないことも申し添えておきます。自分では、どっちかと言うと「リベラル寄りかな~?」と思ってるぐらいです。



 「明治憲法下におけるものはすべてけしからん」とGHQに煽られるまま、いろんなものを捨て去ってしまった結果が現在・・・ということなのでしょうか? そもそもマッカーサーが日本にやってきたのは「二度とアメリカに歯向かえない国にする」のが目的ですから、ヤバそうなものは全て捨てさせる。これが基本線だったはずです。
 私が小学生のころには「道徳」という時間がありました。ただ、中学に入ると無くなってしまいました。過激な受験戦争で「道徳の時間」どころではない・・・という状況だったんでしょう。公立の中学校ですら「うちの学校は進学校に50名も押し込んだ」が功績として誇られる時代でしたから。



結局、こういうものも捨てられてしまいましたね・・・




 気に入らないのは、明治天皇が上から目線で、国民に命ずる口調で書かれていることぐらいです。ただ、立憲君主制という体制下なら、こういう形式がデフォだったのだと理解しておけば、まあその辺の事情は差し引いて読むことも出来るでしょう。そして、言ってることは極めてシンプル。


親孝行
兄弟姉妹仲良く
友を信じ
うやうやしく慎ましく
博愛
学業・仕事に励み
自己啓発し
国を愛し
法を守る


 ここまでは、極めて普通の、今の世でも誰かが言えば抵抗なく受け入れられる話ばかりです。ただ、ちょっとどうかな?と思うのが次のふたつ?


義勇公ニ奉ジ
以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ


 ここだけはちょっとヤバいかな? 天皇陛下万歳!とばかりに、国民を奈落の底に連れて行ったあの戦争を想起させてしまいます。つまり、ここの二つは真似しちゃダメよということで脳内にちゃんとフィルターを掛けていれば、難なくクリア出来る問題ではあります。



大事なのは誰が言ってるのかではなく、何を言ってるのか?
そして、別に全肯定しなくてもいい。部分否定も有り。
そういうことじゃないんでしょうか?





ほなまた! 失礼!
|彡. サッ!!