競争・比較を手放すと楽しいになる
|ω・) ソーッ・・・ 皆さん、ご機嫌よろしゅうに。
唐突な質問・・・いろんな年代の方がいらっしゃるのでしょうが、学校教育で「道徳」の時間ってありましたか? まずは、私自身の体験からいいますと有りました。しかし・・・・・・古い記憶なのですが間違いが無ければ、小学校の3年生あたりから無かったような気がします。
そして中学校・・・道徳の教科書の配布は受けましたが「道徳の時間」はまったく無し。高校受験用のお勉強の時間ばかりなり。そして時々体育・・・。せっかく配布された教科書も「勝手に読んどけ」っていう状況だったと思います。
参考:教育変革:知識偏重から考える力重視へ
知育偏重の弊害が叫ばれつつ、その改善は遅々として進んでいない。そんな気がします。ただ、新しい動きは出て来つつあるようですが。
50年前ならまだ良かったのでしょう。家庭や地域での道徳教育がまだギリギリで機能していた時代です。しかし当時からでも「議会のセンセイ」がたを見ていればわかりますね。まったくもって倫理・道徳が崩壊。
そんな偉いさんの腐敗を見習って、庶民からも不心得者が出て来るわ出てくるわ。歯止めはどこ?といった状態です。そして「類は友を呼ぶ」という現象でしょうか? そんな国になってくると、呼び寄せる外国人の質もどんどん下がってくる。まさに負の連鎖です。
せめて考える力ですね・・・。道徳観は置いといても、考えることが出来れば、自分の行動がどんな風に帰結するか・・・少なくともその辺は推理出来る筈です。ようやくそこからやり直しって動きも出てきたようで・・・。遅きに失した感はありますが。
結局は支配者に都合のいいように教育は設計されています。「競争・比較」で常に子供たちを不安感に落とし込み、言う事を聞いてれば救われる。そのような方向に誘導していくのです。そうして従順な社畜的なものを育成していく。疑問を表明すれば異端児扱い。この辺の発想から脱却していかなくてはどうにもなりません。競争から共創へ。そうあってこそ、どこかの人が言っていた「楽しい日本」の糸口がつかめるのでは?
・・・教育をプロデュースする人が糞なのから何とかしていかないと😎

ほなまた! 失礼!
|彡. サッ!!


