時代を読み解く鍵になる?・・・「百匹目の猿」という現象
|ω・) ソーッ・・・ 皆さん、ご機嫌よろしゅうに。
唐突ですが「百匹目の猿」というのはご存じですか? 芋を海水につけて塩味で楽しむという、ある島の猿の事例だそうですが・・・。
参考:我々は自立した存在ではない 「百匹目の猿」から学ぶ現象の捉え方
偶然芋を落として海水に浸けてしまったが、思いのほか美味かった。これが癖になって他の猿も真似をし始めて・・・ここまでなら普通に考えられる事ですが、不思議なのは離れた別の島にいる猿まで真似をし始めたという事です。
これは幸島という宮崎県の猿のお話。波の穏やかな瀬戸内ならまだしも、結構波も潮流も激しい太平洋・日向灘ですから、わざわざ泳いで渡って美味しい習慣を教えたというのも考えにくいものです。
こんな感じで、教える機会もないのに離れた場所にいるものにまで勝手に伝わってしまう。これが「百匹目の猿」という事ですね。百匹というのは厳密に数えて行ったわけではなく、ある臨界点まで増えてしまうと自動的に爆発的に伝播してしまうという、そういう象徴的な意味と考えたほうがいいでしょう。
これを昨今の人間世界に当て嵌めてみると・・・やはり例のパンデミックが一匹目の猿誕生の機会だったのでしょう。機会と言うにはちょっと強制的イベントすぎるという気もしますが・・・。このタイミングで従来の「お金が尊い。持てる者勝ち」という価値観に疑問を呈する人が出始め、2025年ついに臨界点の「百匹目」を超えてきた。そういう風に見ることはできませんか?
いくら持ってても、外に出てパーッと使うことも出来ない状態でしたから、この際考え方を変えてしまうという事も多かったのでは? と思います。
そこから始まりついに今、パラダイムの大規模転換を迎えようとしている。したがって、この要素に思いを致すことの出来ない為政者や有力者も少しずつ淘汰されていく。そんな時代なのかも知れません。
・・・まあ、お馬鹿さんはなんぼでも淘汰されてください😎
ほなまた! 失礼!
|彡. サッ!!