『老子』を読み返してみた・・・80.老子の理想郷

行政書士sukekiyo-kun


|ω・) ソーッ・・・ 皆さん、ご機嫌よろしゅうに。



 『老子』全81章のセミファイナルです。これまでに色々と人生の戦略や為政者のあり方、戦時の心得などを説いてきた老子ですが、描く所の理想の世界とはどんなものだったのでしょうか?





『老子』第80章
小邦寡民、使有十百人之器而勿用。使民重死而遠徒。・・・中略・・・ 隣邦相望、鶏犬之声相聞、民至老死不相往来。



小邦にして民は寡(すく)なく、十百人の器あれども用うることなからしむ。民をして死を重んじて徒(うつ)るに遠ざからしむ。・・・中略・・・ 隣邦相望み、鶏犬の声相聞こゆるも、民、老死に至るまで相往来せず。




訳:国は小さく人口も少なく、文明の利器が有ったとしても人々は見向きもしない。民はみな人生を楽しみ、よそに移ろうとしない。・・・中略・・・鶏や犬の鳴き声が聞こえるほど近くに隣国があっても、行き来する気など死ぬまで起こらない。 




 まさに桃源郷ですが、まず実現不可能でしょう。身も蓋も無い事を先に言ってしまいましたが、あえて近い所を上げれば鎖国時代の日本でしょうか? しかし、そうは言っても、長崎だけは外国に向けて開けていました。オランダ・中国・朝鮮との絡みは継続していたのは皆さんご存じでしょう。



 たしかに、それでも一つの国として回ってはいたようにも見えます。自分の居場所が快適なら、わざわざよそに移る必要もないでしょう。SNSが普及したことで、幸福度が下がってしまう前のブータンもそうだったのでしょう。老子のこのような考えは、長いこと注目されることもありませんでした。


 というのも、グローバルな支配層には最も都合の悪い思想だからです。しかし、最近になって各国でこの老子のような動きが出てきました。両極端に走る事を戒めとし、開け過ぎず閉じ過ぎず・・・ひょっとしたら、江戸期のあり方が理想形に近いものだったのかも知れません。




・・・なんにせよ、行き過ぎはその都度調整が必要です😎


参考文献:守屋 洋著『新釈 老子』

PHP文庫1988年


ほなまた! 失礼!
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