劣等感の連鎖から脱したい
|ω・) ソーッ・・・ 皆さん、ご機嫌よろしゅうに。
今の世に漂う閉塞感の本質って・・・じつは劣等感の集合体なのでは? と思う今日この頃。現状の自身に対する肯定感の低さ。これではないのかと。
参考
自身の肯定感が低いのならまだしも、他人に対しての肯定感の低さという形で、自己の精神安定を保とうとする行為。これがいわゆる「マウントをとりたがる」という所にもつながっているのでは? 自分の不平不満を安易に他人にぶつけるということでしょうか?
つまり、学校や職場でのいじめやパワハラもそうでしょう。加害者側は自身に劣等感を抱いているものだから、自分より弱い人を見つけては憤懣と不安感をぶつける。その行為を「遊び」や「仕事上の指導」などにかこつけて言い逃れをはかる。みっともないですね。で、「あなた、みっともないですよ」と指摘すると、瞬間湯沸かし器のようにヒステリー発症という、そういうメカニズムが完成します。
まれにそういう精神性が、自分より強いものに向かえば、いわゆる「ヤジ」になる。野球の自称ファンにもいませんか? そんなにボロ糞言うならアンタはさぞや野球が上手いんだろうな? もちろんスポーツ選手だけではなく、矛先が資本家や政治家などに向かうケースもあるでしょう。
いわゆる自己責任論者を一概にけしからんとか、人の気持ちが無いなどと批判するのもどうかと、そう思うのも以上のような理由があります。これが行き過ぎると「恨みの文化」がはびこる世界になってしまわないでしょうか?
いまのギスギスの正体はこれなんかな?
ほなまた! 失礼!
|彡. サッ!!