どうしても謙虚=自己否定になってしまう罠

|ω・) ソーッ・・・ 皆さん、ご機嫌よろしゅうに。
「謙虚であれ」おおかたの日本人はずっとこのように言われて育って来たのではないでしょうか? そのため社会に出ても、思うように自分を出せず、なんとなく遠慮がち。息苦しさを我慢しつつ過ごしているうちに・・・は?我慢してる雰囲気ほぼ皆無の人がスルスル出世しちゃってる。
はー。なんだかなぁ・・・・・・(-ω-;)やってられん
こんな思いを抱いた体験のある方も多いことでしょう。謙虚さを同調圧力のごとく叩き込まれて育つせいか、日本人の自己肯定感はやや低め。むしろ自己否定感の高い部類である。そんな話も聞いたことがあります。でも、自己否定っていったいなに??
参考:自己否定の心理
思うに、自己否定感を抱くくらいが生意気にならない丁度いいライン。これを心がける限りは謙虚さを醸しだすことも出来て無難。
・・・つまり、「謙虚と言われてもよく解からんから、自己否定風に振舞ってりゃいいんじゃね?」との早とちりからくる便法があまりにも普及しすぎてしまったのが、日本の文化というものなのでしょうか? そこの間違いに気づいた人から脱却していき、中にはとんでもない出世に至る人も居る。これが真相なのだと思います。
たしかに、常時「自分なんて・・・」と言っていた方が無難でもあるし、いかにも謙虚な人間であるようにも見える。でもこれは違いますね・・・ただの「卑屈な人」です。
卑屈≒謙虚というおかしな方程式が普通にシレっと市民権を得てしまった・・・これも一つの社会の病巣かもしれませんね。
どうやら・・・自他ともに正当にリスペクト。これが極意のようです😎

ほなまた! 失礼!
|彡. サッ!!

