『老子』を読み返してみた・・・76.柔よく剛を制すみたいな?
|ω・) ソーッ・・・ 皆さん、ご機嫌よろしゅうに。
このシリーズも76回まで来ました。『老子』は全81章という構成なので、あともう少しでこのシリーズも完走ということになります。では今週の76章です。
『老子』第76章
故曰、堅強、死之徒也。柔弱生之徒也。是以兵強則不勝。木強則折。故強大居下、柔弱居上。
故に曰く、堅強は死の徒なり。柔弱は生の徒なり。是を以て兵強ければ則ち勝たず。木強ければ折れる。故に強大は下に居り、柔弱は上に居る。
訳:だから「堅強は死の仲間、柔弱は生の仲間」というのだ。軍も強い軍は敗れるし、木も強い木は折れてしまう。明らかに柔弱は堅強にまさるものだ。
どこから見ても強い・・・が、特にオラオラやってる奴に限って案外弱かった。というケースはよくありますね。 そもそも強大であれば何かと目を付けられるし、狙われる機会も多くなる。
結果的にやらなくて済むような争いに巻き込まれやすく、常時なにかと戦っているので疲弊も早い。そういう世界の仕組みのようなものもありそうですね。特にこれが乱世であればなおさらです。
逆に柔弱であれば、常に上手く立ち回るよう努めるし、そもそもオラオラしてないので目を付けられる事もありません。そうしてコッソリと力をたくわえてある日「エイ!」そういう可能性だってあります。これはなかなか痛快なことではありませんか。これが老子の理想とする乱世の処世術ですね。
・・・こういう処世術、現代人にもおおいに役立ちそうです😎

参考文献:守屋 洋著『新釈 老子』
PHP文庫1988年
ほなまた! 失礼!
|彡. サッ!!

