『老子』を読み返してみた・・・64.初動が肝要

行政書士sukekiyo-kun

|ω・) ソーッ・・・ 皆さん、ご機嫌よろしゅうに。


 

 今日は・・・なかなか実践的なアドバイスの章になります。しかし・・・これがちゃんと出来る人って案外少ないんですよね。

 



『老子』第64章
其安也易持也、其本兆也易謀也、其脆也易判也、其微也易散也。為之于其未有也、治之于其未乱也。


その安きは持し易く、そのいまだ兆さざるは謀り易く、その脆きは判(わか)ち易く、その微なるは散じ易し。これをそのいまだ有らざるに為し、これをそのいまだ乱れざるに治む。



訳:安定したものは維持しやすく、こじれていない問題は解決しやすく、脆弱なものはこわれやすく、微細なものは分散しやすい。それゆえ、こじれる前に処理し、乱れる前に収拾することが肝要である。

 


 おおごとになる前に手を打つ事の重要さを説いていますね。脆いうちに打撃を与えれば粉砕できるし、細かい小さいうちに対策すれば雲散霧消してしまいます。ちょっとした異変、違和感を馬鹿にするなかれ。それが積もり積もって「既成事実化」してしまえば、そこから頑張って処置しようとしても、かなりの労力と時間を要してしまいます。


 別に打ち砕くなどといった物騒な表現をせずとも、「あれ?なんかおかしくない」そういう声を上げて周囲にも気付いてもらう。これが大事なのでしょう。

 気のせいとか、まだ大丈夫・・・そんな感じで余裕をこいているうちに問題は肥大化して手遅れになりかねません。

 


 

いまの日本・・・あらゆる問題の初動を誤りました。もうダメぽ?😎



参考文献:守屋 洋著『新釈 老子』
PHP文庫1988年

ほなまた! 失礼!
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