『老子』を読み返してみた・・・55.赤子のように

行政書士sukekiyo-kun

|ω・) ソーッ・・・ 皆さん、ご機嫌よろしゅうに。



 今回は、いわば素朴であることの重要さを説いた章といえます。その象徴として赤子をあげていますが、どういう内容なのでしょうか。

 



『老子』第55章
含徳之厚者、比于赤子。・・・中略・・・心使気曰強。物壮則老。謂之不道。不道早已。


含徳の厚きは、赤子に比す。・・・中略・・・心、気を使うを強と曰う、物壮んなれば則ち老ゆ。これを不道と謂う。不道は早く已む。


訳:深い徳を秘めた人物は赤子のようなものだ。・・・中略・・・ことさらに延命をするのは不吉であり、精気をかきたてるのを強という。強(壮)なるものは必ず衰える。なぜなら「不道」であるからだ。道に反したものは早々に終わってしまうものだ。


 

 まさに、奢れる者も久しからず、盛者必衰の理。ひとえに風の前の塵に同じ。平家物語の境地ですね。正直なところ、いまの彼の国の民にこんな価値観が有ったのか?と驚きです。力を誇示せず、むしろ隠すようにして、静かに過ごして生を全うするという精神性は、むしろ日本人の専売特許ではないかと思うほどです。


 しかし、日本でも、一切包み隠さない輩が長いこと幅を利かせてきた事実も有ります。でも、最近はなんとなく流れが変わってきているような気もしています。自然体で背伸びせず、それこそ風に任せて軽やかに生きる時代。そういう時代に移行しつつあるのではないでしょうか?



それを拒絶したい人々が最後の抵抗を試みている時代とも言えそうです😎



参考文献:守屋 洋著『新釈 老子』
PHP文庫1988年

ほなまた! 失礼!
|彡. サッ!! 

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