『老子』を読み返してみた・・・38.わざとらしい徳は要らぬ
|ω・) ソーッ・・・ 皆さん、ご機嫌よろしゅうに。
前回の教訓・・・作為を排するに共通するテーマとして、今度は「徳」の観点から言及した章になります。
『老子』第38章
上徳不徳、是以有徳。下徳不失徳、是以無徳。
上徳は徳とせず、是を以て徳有り。下徳は徳を失わず、是を以て徳なし。
訳:最高の徳とは徳と言えるものでない。だから真の徳となる。低級な徳は徳の要素を卒なく失わない。だから徳そのものまで無くなってしまう。
・・・(-ω-;) なんだか難しい逆説になっていますが、分かりやすく言えば「すべてを完備!パーフェクト!」というのがいかに信用できないかということでしょうか。あれもこれもと欲張るばかりにどれも中途半端で、逆に害すらありそうな。
どっかの食品会社から出ている商品っぽいものを感じます。それよりも、あるがまま。自然のままをそのまんま・・・これこそが真の徳に至る道。そう考えるのがよさそうです。
これを人に例え直せば・・・そうか!
「八方美人は当てにするな!」・・・なるほど(・_・)
参考文献:守屋 洋著『新釈 老子』
PHP文庫1988年

ほなまた! 失礼!
|彡. サッ!!


