『老子』を読み返してみた・・・26.重は軽の根たり
|ω・) ソーッ・・・ 皆さん、ご機嫌よろしゅうに。
今回は『老子』の26章です。自民党総裁選からちょうどよいタイミングで、この章になりました。ちょっと不思議な巡り会わせかもしれません。為政者の心構えについて説いた章となります。
『老子』第26章
重為軽根、静為躁君。・・・・・・中略・・・・・・軽則失本、躁則失君。
重は軽の根たり、静は躁の君たり。・・・・・・軽ければ本を失い、躁(さわがし)ければ君を失う。
訳
重々しさは軽々しさにまさり、静けさは騒がしさにまさる。・・・・・・軽々しく振舞えば、政を破綻させ、せわしなく動き回れば王位まで失うことになる。
・・・訳はちょっと意訳気味ですが、こういうことになります。元が漢字なので、そこに含まれる意味のようなものを解釈する幅は、いわば無限の可能性が。全くもって、簡単に漢字を捨て去ってしまおうという発想をする人々の気が知れません。
もう雰囲気で理解されているのではないかと思いますが、まさにそれ。無闇に政策を乱発、それもどこかに一本の芯が通っているのならまだしも、朝令暮改よろしくコロコロと変える事の愚かさを説いています。
これに対峙する言葉としては「過りて改むるを恥じるなかれ」というものがありますが、これもしょっちゅうやられていたら「ええ加減にせい! 最初から間違わんようにやらんか!」となってしまいますね。慎重に慎重を重ねて、検討使と揶揄されようが慎重に考える・・・・・・おや? どっかの誰かさんみたいになってしまいましたがw
いろいろ考える。いろんな説を取り入れる・・・悪いことではありませんが、節操なく飛びついたりすることを戒めていますね。大事なのはよくよく考える。これだと思います。
参考文献:守屋 洋著『新釈 老子』
PHP文庫1988年
ほなまた! 失礼
|彡. サッ!!