『老子』を読み返してみた・・・18.大道すたれて
|ω・) ソーッ・・・ 皆さん、ご機嫌よろしゅうに。
今回は『老子』の18章です。これはけっこう有名なフレーズなので、ご存じの方も多いのでは? と思いますが・・・。
『老子』第18章
故大道廃、焉有仁義。(中略)邦家昏乱、焉有貞臣。
故に大道廃れて、焉(ここに)仁義有り。(中略)邦家乱れて、焉に貞臣有り。
訳:大いなる道が失われると、やれ仁だ義だと声高に叫ばれる。(中略)忠臣が現れるのは、国の政治が乱れた時である。
今回も含蓄の深い言葉です。「道」というのは、自然に収まるべき世の道理、もしくは「極意、心構え、在り方」いろいりと言い換え出来るかもしれませんが、それがないがしろにされた世に限って「仁義」が強調される。
それを政治に当て嵌めれば、道が失われ、世が乱れて来る頃になると「忠臣よ出てこい!」と叫ばれるようになる。かくして、時代の要求に応える形で英雄が現れて来る。ということになります。
まあそうですね。適した人材が居れば、黙ってその人にバトンタッチするだけで良い。「出てこい!」と大騒ぎされるのは、碌な奴が揃っていない。そういうことにもなりますね。まさに世も末と言ったところですが、人間の世界と言うものは、常に世も末の状態を繰り返す、それどころか、むしろそれを常態としてキープするもの・・・そう割り切るしかないんでしょうか?
悪いのは今に始まったことじゃないよ・・・・・・気休めになりますかね? それにしても、あまりにも酷過ぎなのでは?
参考文献:守屋 洋著『新釈 老子』
PHP文庫1988年
ほなまた! 失礼
|彡. サッ!!